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カテゴリー「バイク、旅」の記事

2017年10月17日 (火)

霞が関ビル

 国会議事堂の背景にあるのは日本最初の超高層ビル霞が関ビルだ。霞が関ビルは1968年竣工、地上36階建てで、ぼくも子どもの頃、霞が関ビルは日本一の高層ビルだと聞いた記憶がある。20年くらい前には、しょっちゅう仕事でこの近くに来たが、その頃は霞が関ビルも古い高層ビルの一つといった感じで、あまり印象的なものではなかった。いまではすぐ横の中央合同庁舎(霞が関コモンゲート)にまで抜かれてしまったが、霞が関コモンゲートと一体の再開発でレストラン街はかなり充実、お昼時には大いににぎわっている。

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2017年10月14日 (土)

丸の内高層ビル群

 徳川家康が江戸城に入城する前、いまの千代田区丸の内は日比谷入江と呼ばれる海だったという。その後日比谷入江は埋め立てられ、大名屋敷が建ち並ぶ町となったが、明治時代に三菱グループに払い下げられ、オフィス街となった。ぼくが日本橋で働いていた20年前は、丸の内といえば味気ないオフィスビルがあるだけだったと思うが、その後再開発が進み、丸ビルやオアゾなどが続々と建てられた。手前の森は皇居、かつての江戸城だが、この写真の右端あたりに江戸時代の大老井伊直弼の屋敷跡と桜田門がある。

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2017年10月12日 (木)

大手町高層ビル群

 千代田区大手町はかつての江戸城正門前にあたり、大名屋敷が建ち並ぶ町だったが、戦後は日本経済の中心ともいえるオフィス街となった。ぼくも20年くらい前、ここで働いていたことがあるが、その後再開発が進み、新しい高層ビルがたくさんできた。手前の森は皇居、かつての江戸城だ。建て替え中の三井物産本社の隣には、平安時代に承平・天慶の乱を起こした平将門の首塚がある。大手町は、平安、江戸、平成と1000年以上の時の流れを感じられる街だ。

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2017年10月10日 (火)

新冠判官館

 新冠町を流れる新冠川の河口にある判官館は、1500〜1600万年前に海底で堆積してできた砂岩が隆起した崖だ。隆起するときに横倒しとなったようで、本来は水平なはずの地層が垂直になっている。JR日高本線はこの判官館をトンネルをくり抜いて走っているが、このあたりはホントに海岸線ギリギリにレールが敷かれている。というか、潮流の変化かダムの影響かわからないが、海岸線がどんどん侵食されてるんじゃないだろうか。ドローンによる空撮はこちら

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2017年10月 8日 (日)

静内御殿山墳墓群

 新ひだか町の静内御殿山墳墓群は、いまから3000年くらい前、縄文時代後期〜晩期の遺跡だ。1952年、地元の静内高校郷土史研究部員によって発見され、発掘調査の結果80基の墳墓と石器、土器などの副葬品が出土した。この写真ではちょっとわかりにくいが、墳墓群のあるところは標高25m程度の高台で、いまは牧場となっている。ぼくも子どもの頃に矢じりや土器のかけらを拾ったが、いつだったかすべて郷土館に寄付した。縄文時代ののち、本州では稲作が定着して弥生時代に入ったが、北海道では縄文時代の生活スタイルが続く(続縄文時代)。ドローンによる空撮はこちら

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2017年10月 3日 (火)

柱状節理

 熊本県阿蘇の柱状節理(ちゅうじょうせつり)が、地震の復興工事で破壊されたという報道があった。柱状節理はマグマが冷えて固まる際にできる柱状の割れ目で、断面は六角形のものが多い。映画「未知との遭遇」の舞台となったアメリカのデビルスタワーが有名だが、国内にもあちこちにある。根室市の花咲岬付近には、根室車石という放射状摂理が発達した球状岩体がある。放射状節理は、その名のとおり節理が放射状になったものだ。これは、マグマが海底から海中に流れ出し、表面が海水で冷やされ柱状節理ができる一方で、内部はまだ高温なので、動いているうちに球形となったものだそうだ。根室車石ができたのは白亜紀で、恐竜が全盛期を迎えた時代だ。

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2017年9月30日 (土)

タウシュベツ橋梁

 上士幌町の糠平(ぬかびら)湖にあるタウシュベツ橋梁(きょうりょう)が、いよいよ崩壊の危機を迎えているようだ。かつてはここに国鉄士幌線が通っていたが、糠平ダム建設に伴ってこのあたりが湖底に沈むことになったため、タウシュベツ橋梁も放棄された。以来、糠平湖の水位の変化によってコンクリートが浸食され、11連アーチの完全な姿も風前の灯火となっていた。糠平湖はこれから水位が上がり、水位が下がる春までタウシュベツ橋梁も水没するが、来春再び姿を現す頃には、11連アーチも崩れているのではないかと言われている。この写真は2008年に撮影したが、最近の写真を見るとさらに崩壊が進んでいるのがわかる。いつかドローンで空撮してみたい。

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2017年9月28日 (木)

塔のへつり

 大内宿で知られる福島県下郷町(しもごうまち)は、阿賀川が切り開いた渓谷のまちだ。ここにある塔のへつり(へつりとは、会津地方の方言で、断崖・絶壁などの意味)は、100万年にわたる阿賀川の浸食と風化作用によって形成された断崖で、南会津地方の観光スポットとなっている。現在の水面より高いところがえぐれているが、かつてはここが水面だったということだろう。いろいろな地層が積み重なっているのがよくわかるが、磐梯山の噴火による火山灰もあるんだろう。

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2017年9月26日 (火)

那須岳

 栃木県にある那須岳(茶臼岳)は、那須火山群と呼ばれる成層火山群の南端に位置する活火山で、いまも活動が続いている。那須火山群は北から南に活動中心が移動していて、那須岳より北の火山はすでに活動を停止、那須岳は1.6万年前から活動を開始したと考えられている。火口が移動するというのはハワイ諸島でも見られるもので、地下のプレートの移動が原因だろう。那須岳は15世紀はじめに中規模噴火し、大きな被害が出たようだが、それ以降は小規模な噴火にとどまっている。

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2017年9月19日 (火)

霧降高原道路

 霧降高原は日光市街地の北、日光三山の一つ女峰山の山麓に広がる標高1200mくらいの高原だ。ニッコウキスゲの群生地として有名で、スキー場や牧場もある。ここを走る霧降高原道路は快適なワインディングで、ライダーにも人気のコースだ。この日は会津若松市から日光市に抜けるルートで走ったが、まだ上りの途中で燃料計がゼロになってしまい、冷や汗ものだった。下りはアクセルを空けず、惰性だけで走った。こうなると走りも景色も楽しむ余裕がないので、やはり給油は早めにしないと。

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