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カテゴリー「バイク、旅」の記事

2017年7月30日 (日)

”コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)

 今日はライダー真夏の祭典、”コカ・コーラ”鈴鹿8時間耐久ロードレース(鈴鹿8耐)の日だ。8耐は1978年に始まったので、今年は第40回記念大会となる。8耐といえば、ぼくの世代で記憶に残っているのはなんといっても1985年だろう。ヤマハのケニー・ロバーツ&平忠彦組という王者コンビが圧倒的な速さを見せながら、残りわずかというところでリタイア、ホンダのワイン・ガードナー&徳野政樹組が劇的な逆転優勝を遂げた、あのレースだ。ロバーツはすでにWGP(ロードレース世界選手権)を引退していたが、「キング」の名にふさわしい走りを見せたし、平もまちがいなく日本人No.1だった。優勝したガードナーは翌年も独走優勝し、8耐で通算4勝を挙げたばかりか、1987年にはWGPのチャンピオンに輝いた。1980年代後半にはWGPライダーがこぞって8耐に参戦し、大いにレースを盛り上げた。人気マンガ「バリバリ伝説」でグンがヒデヨシと組んで優勝したのも、8耐と同時開催される4耐だった。

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2017年7月15日 (土)

ラベンダー

 北海道にも真夏が到来した。この時期は色とりどりの花が咲き誇り、一年で最もカラフルな風景が楽しめる。しかし、富良野地方では、ラベンダー畑に異変が起きている。昨年の豪雨や今春の低温の影響で、例年以上に多くの株が枯れてしまうというのだ。夏の北海道の代名詞ともいえるラベンダーだけに、なんとか持ちこたえてほしいものだ(この写真は昔のラベンダー畑)。

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2017年6月27日 (火)

ケンウッドTHーF7

 2001年発売のケンウッドTHーF7は、THー79よりも小型の144/430MHzデュアルバンドトランシーバーだ。THー79はちょっと無骨な感じだったが、本機はディスプレイも見やすくなり、とても洗練された製品になったと思う。ぼくは本機よりもアイコムICーT90の方を先に買ったが、トラブルがあってツーリングには使えなくなったので、その後このTHーF7を導入した。いまでもまったくトラブルはなく、まだまだ何年でも使えそうだ。と思っていたら、THーD74というもっと進化した製品が出てるんだなぁ。いまはGPS内蔵か。まあしかし、バイク仲間も高齢化し、ツーリングに行く機会も減ったので、もう無線機を使うこともほとんどないかも。

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2017年6月26日 (月)

アイコムICーT90

 アイコムICーT90は50/144/430MHzマルチバンドトランシーバーだ。2002年発売だが、最近までけっこう長く製造されてたんじゃないだろうか。ケンウッドTHー79はニカドバッテリーだったが、本機はリチウムイオンバッテリーだ。基本的には高性能だと思うが、KTELのヘルメット用マイク・スピーカーセットのコードとの相性が悪いのか、周波数が勝手に飛ぶというトラブルが発生するので、ツーリングで使うのはやめてしまった。

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2017年6月25日 (日)

ケンウッドTHー79

 バイク仲間とツーリングに出かける際、無線機があると便利だ。信号待ちとかでバラバラになっても、はぐれないですむ。ぼくの場合、ハンディトランシーバーを使っているが、アンテナは付属のアンテナではなく、GIVIのトップケースに基台を張り付けて長いアンテナを立てている。最初に買ったのは1994年モデルのケンウッドTHー79で、144/430MHzデュアルバンドトランシーバーだ。さすがに古いので、数年前にディスプレイが何も表示されなくなったが、修理に出したら復活した。でも、もうパーツがないらしく、次は修理不能ということだった。まあディスプレイが表示されなくても、テンキーで周波数を入力すればいいのだが。ニカドバッテリーは一度だけ交換したが、まだ使えそうだ。20年以上使えるのだから、いい製品だということだろう。

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2017年6月19日 (月)

平将門公之像

 平将門が本拠地を置いた現在の坂東市の総合文化ホール「ベルフォーレ」には、彫刻家一色邦彦作 平将門公之像がそびえている。将門最期の地と言われる國王神社には、将門の三女 如蔵尼が彫ったとされる将門座像があるが、38歳で死去したと言われる割りにはちょっと老けて見える。これに対し、ベルフォーレの将門像は、平成時代につくられただけあって若々しい。ま、ぜんぜん歴史的価値は違うが。

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2017年6月18日 (日)

富士見の馬場

 平将門の乱を描いた「将門記」には、将門が騎馬隊を組織し、合戦に臨む場面が登場する。坂東各地には官営の牧があり、将門も一時官牧の牧司を務めていたという話もあることから、将門が本拠地を置いた現在の坂東市にも、馬を調教したり売買したりする場所があったのだろう。石井(いわい)営所跡や國王神社にもほど近い富士見の馬場は、その一つと伝えられる場所だ。

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2017年6月17日 (土)

九重の桜

 平将門が本拠地を置いた現在の坂東市にある石井(いわい)営所跡の近くに、九重の桜という桜の木がある。昔の中国の王城の門は、九重につくるならわしがあったそうで、そこから「九重」という言葉は「王宮」や「皇居」を指すようになった。将門は野本合戦の後に源護の告訴によって京都に召喚されるが、朱雀天皇元服の恩赦によって帰国が許される。この桜の木は、朱雀天皇元服の儀が執り行われた京都御所の紫宸殿(ししんでん)前にあった桜を株分けし、ここに移植したものだという。

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2017年6月16日 (金)

深井地蔵尊

 坂東市猿島(さしま)庁舎の近くにある深井地蔵尊は、平将門の妻子が惨殺された悲劇の場所だと伝えられている。将門は伯父 良兼と何度も対戦しているが、そのうち子飼の渡の戦いでは、脚気を患って敗れてしまった。そのため、妻子を船に乗せて当時このあたりにあった飯沼という大きな沼の芦の間に隠したが、良兼軍に発見され、殺されてしまったという。江戸時代に入るまで、飯沼のせいでこの地の人々は苦労したようだが、その後干拓され、現在は美しい水田地帯となっている。

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2017年6月 4日 (日)

ヴァンテアン

 久しぶりに東京湾クルーズ船ヴァンテアンに乗船した。竹芝桟橋から羽田空港沖まで、2時間のクルーズだ。前回乗船したのは四半世紀前で、当時は就航したばかりだったが、建造後30年ほど経ち、かなり老朽化しているという。船員は「東京オリンピックまで現役でいてくれたら」と語っていた。乗船中はもちろんいいながめだったが、桟橋から見るながめもいい。レインボーブリッジを背景に、ヴァンテアンが出港していく様子をタイムラプス動画で撮影してみた。タイムラプス動画はこちらこちらこちら

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