2021年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

カテゴリー「バイク、旅」の記事

2021年10月12日 (火)

ホンダCB1100 Final Edition

 ホンダCB1100の最終モデル「Final Edition」が発表された。2010年にリリースされた空冷・直列・4気筒エンジン搭載のCB1100は、伝統的なスタイルの大人のバイクだが、環境規制強化や電動化といった時代の流れに対応するためだろうか、「Final Edition」をもって生産終了となるそうだ。ぼくも4年間、2011年モデルに乗っていたが、一見すると乗りやすそうな外見に反して、乗るのは大変だった。問題は2つあった。一つは、シート形状が合わないのか、お尻が痛くて長距離を走るのがつらかった。もう一つは、エンジンから発生する熱がすごくて、夏はほとんど乗れなかった(北海道の春・秋はあったかくてよかったが)。まあかっこいいバイクに乗るには、ライダーにも忍耐が求められるのだ。年齢的にも、もうこういうバイクに乗ることはないんだろうな、などと思うと、ちょっとさびしい。

1_20211012115201

2021年9月24日 (金)

「三四郎」の舞台⑮

夏目漱石「三四郎」
「ふと目を上げると、左手の丘の上に女が二人立っている。女のすぐ下が池で、向こう側が高い崖の木立で、その後がはでな赤煉瓦のゴシック風の建築である。」
 三四郎が里見美禰子と初めて出会ったのは、いまでいう「三四郎池」のほとりだ。もともとは加賀藩主前田氏が築造した「育徳園」にあって、池の形が「心」という字をかたどっていたことから、「心字池」と名付けられた。三四郎と美禰子はこのときはすれ違っただけだったが、後に広田先生の引っ越しの手伝いで再会、交流が始まる。田舎から東京に出てきたばかりの三四郎には、都会的で先進的な美禰子はとても魅力的な女性に映ったのだろう。野々宮宗八が、「静かでしょう。近ごろは東京があまりやかましくなりすぎて困る」というように、ここはいまも別世界だ。

Img_1219

2021年9月22日 (水)

鬼高遺跡

 千葉県市川市の鬼高遺跡は、古墳時代後期(5世紀後半)の海辺の集落遺跡だ。昭和初期に工場を建設しようとしたところ、貝殻や獣骨、坑木、土器片などが出土したという。特に土器はたくさん発掘され、鬼高式土器と名付けられた。漁具も発掘されたことから、漁労中心の生活をしていたんだろう。いまは小さな公園となっていて、記念碑があるだけだ。

Img_1215

2021年7月25日 (日)

鈴鹿8時間耐久ロードレース

 ふと、そろそろ鈴鹿8時間耐久ロードレース(8耐)の季節だなと思ったら、今年は11月5〜7日に開催されることを知った。かつては、8耐といえばまさに「真夏の祭典」だったが、昨年は延期の末中止となり、今年ははじめから11月開催ということになったようだ。ぼくらの世代では、なんといってもワイン・ガードナーが「ミスター8耐」だろう。当時はWGPのトップライダーがこぞって8耐に参戦し、スプリント並みのバトルを展開した。本当に熱い時代だった。新型コロナウイルス感染症で先行き不透明な中、8耐は再び熱いドラマを生み出すことができるのだろうか。

Topmain

2021年6月30日 (水)

ホンダF1 1991年以来の4連勝

 ホンダがF1で1991年以来となる4連勝を果たした。1991年のホンダは、マクラーレンとティレルにエンジンを供給、マクラーレンのアイルトン・セナが開幕から4連勝を挙げ、最終的に3度目のチャンピオンを獲得した。しかし、セナ圧勝というわけでもなく、中盤以降はウィリアムズ・ルノーの戦闘力が大幅にアップ、ナイジェル・マンセルがセナを猛追した。ホンダは12気筒、ルノーは10気筒で、当初ホンダエンジンの方がパワフルに思われたものの、次第に戦闘力を失い、翌年はまったくチャンピオン争いから脱落した。その後ホンダはF1からの撤退→参戦を繰り返し、ここにきて往年の輝きを取り戻すことになった。ホンダは、会社としては今シーズンでF1から撤退するというが、レッドブルへの協力はしばらく継続するということで、ホンダエンジンの快進撃はまだまだ続きそうだ。

R804final1large

2021年6月17日 (木)

「三四郎」の舞台⑭

夏目漱石「三四郎」
「美禰子の会堂(チャーチ)へ行くことは、はじめて聞いた。どこの会堂か教えてもらって、三四郎はよし子に別れた。横町を三つほど曲がると、すぐ前へ出た。」
 病に伏せっている間に里見美禰子の縁談を知った三四郎は、美禰子の自宅を訪ねる。美禰子は会堂に出かけ留守だった。そこで野々宮よし子から美禰子の居場所を聞いた三四郎は、会堂に向かう。この会堂がどこにあるかははっきりと語られていないが、本郷3丁目交差点のすぐ近くには本郷中央協会という古い教会がある。現在の建物は関東大震災後に再建されたものだというが、ゴシック様式による重厚な会堂だ。

Img_1146

2021年6月15日 (火)

「三四郎」の舞台⑬

夏目漱石「三四郎」
「二人は顔を見合わした。もう少しで白山の坂の上へ出る。」
 駒込曙町(本駒込1・2丁目)にある画工の原口の家を出た三四郎と里見美禰子は、あまりかみ合わない会話を交わしながら本郷の方へと向かう。そしていまの白山上交差点に差し掛かったところで、美禰子を迎えに来た若い紳士が現れ、2人は別れる。それからしばらくして、三四郎はインフルエンザにかかるが、見舞いに来た野々宮よし子から、美禰子の縁談を聞く。若い紳士は美禰子の婚約者だったのだ。ちなみに、佐々木与次郎が三四郎に、美禰子はやめとけと忠告する際、八百屋お七を引き合いに出すが、お七の墓も白山にある。白山はその名のとおり山になっているが、これは本郷台地を川が浸食したものだろう。白山上交差点あたりはけっこうな急坂だ。

Img_1148

2021年6月13日 (日)

「三四郎」の舞台⑫

夏目漱石「三四郎」
「それで比較的人の通らない、閑静な曙町を一回ひとまわり散歩しようじゃないかと女をいざなってみた。」
 画工の原口のもとでモデルをしている里見美禰子に会うため、三四郎は曙町に出かける。駒込曙町はいまでいう本駒込1・2丁目だ。江戸幕府第2代将軍徳川秀忠の最側近として絶大な権勢を誇った土井利勝の屋敷があったというが、いまも高級住宅街だ。三四郎は駒込西片町(西片1丁目)の広田先生の家から曙町に向かうので、中山道を歩いたのだろうか。

Img_1150

2021年6月11日 (金)

「三四郎」の舞台⑪

夏目漱石「三四郎」
「二人はちょうど森川町の神社の鳥居の前にいる。」
 三四郎と佐々木与次郎は、西片町(西片1丁目)から大学に向かうが、そのルートはいまの本郷通りに並行する小路のようだ。この通りには鳳明館という明治時代に建てられた古い建物がある。いまは旅館だが、もともとは学生相手の下宿だったというから、三四郎の下宿もこんな感じだったんだろう。さらに先に進むと、なんかちょっと不思議な三角形の交差点に出る。ここが、かつて存在した映世神社の鳥居の前だという。廃社となったのは終戦直後で、鳥居は根津神社にあるそうだ。

Img_1142

2021年6月 9日 (水)

「三四郎」の舞台⑩

夏目漱石「三四郎」
「谷中と千駄木が谷で出会うと、いちばん低い所に小川が流れている。この小川を沿うて、町を左へ切れるとすぐ野に出る。川はまっすぐに北へ通っている。」
 迷子の件でみなの会話に気分を害したらしい里見美禰子は、一行から離れようとする。美禰子は後を追った三四郎にもう出ましょうといい、2人は団子坂を下りて谷中の方に向かう。2人は小川に差し掛かるが、これがいまは暗渠となった藍染川だ。藍染川は谷田川ともいい、巣鴨の染井霊園を源流として不忍池に流れ込んでいたという。谷中よみせ通りや通称へび道は、藍染川の流路だそうだ。

Img_1140

より以前の記事一覧