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カテゴリー「バイク、旅」の記事

2021年7月25日 (日)

鈴鹿8時間耐久ロードレース

 ふと、そろそろ鈴鹿8時間耐久ロードレース(8耐)の季節だなと思ったら、今年は11月5〜7日に開催されることを知った。かつては、8耐といえばまさに「真夏の祭典」だったが、昨年は延期の末中止となり、今年ははじめから11月開催ということになったようだ。ぼくらの世代では、なんといってもワイン・ガードナーが「ミスター8耐」だろう。当時はWGPのトップライダーがこぞって8耐に参戦し、スプリント並みのバトルを展開した。本当に熱い時代だった。新型コロナウイルス感染症で先行き不透明な中、8耐は再び熱いドラマを生み出すことができるのだろうか。

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2021年6月30日 (水)

ホンダF1 1991年以来の4連勝

 ホンダがF1で1991年以来となる4連勝を果たした。1991年のホンダは、マクラーレンとティレルにエンジンを供給、マクラーレンのアイルトン・セナが開幕から4連勝を挙げ、最終的に3度目のチャンピオンを獲得した。しかし、セナ圧勝というわけでもなく、中盤以降はウィリアムズ・ルノーの戦闘力が大幅にアップ、ナイジェル・マンセルがセナを猛追した。ホンダは12気筒、ルノーは10気筒で、当初ホンダエンジンの方がパワフルに思われたものの、次第に戦闘力を失い、翌年はまったくチャンピオン争いから脱落した。その後ホンダはF1からの撤退→参戦を繰り返し、ここにきて往年の輝きを取り戻すことになった。ホンダは、会社としては今シーズンでF1から撤退するというが、レッドブルへの協力はしばらく継続するということで、ホンダエンジンの快進撃はまだまだ続きそうだ。

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2021年6月17日 (木)

「三四郎」の舞台⑭

夏目漱石「三四郎」
「美禰子の会堂(チャーチ)へ行くことは、はじめて聞いた。どこの会堂か教えてもらって、三四郎はよし子に別れた。横町を三つほど曲がると、すぐ前へ出た。」
 病に伏せっている間に里見美禰子の縁談を知った三四郎は、美禰子の自宅を訪ねる。美禰子は会堂に出かけ留守だった。そこで野々宮よし子から美禰子の居場所を聞いた三四郎は、会堂に向かう。この会堂がどこにあるかははっきりと語られていないが、本郷3丁目交差点のすぐ近くには本郷中央協会という古い教会がある。現在の建物は関東大震災後に再建されたものだというが、ゴシック様式による重厚な会堂だ。

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2021年6月15日 (火)

「三四郎」の舞台⑬

夏目漱石「三四郎」
「二人は顔を見合わした。もう少しで白山の坂の上へ出る。」
 駒込曙町(本駒込1・2丁目)にある画工の原口の家を出た三四郎と里見美禰子は、あまりかみ合わない会話を交わしながら本郷の方へと向かう。そしていまの白山上交差点に差し掛かったところで、美禰子を迎えに来た若い紳士が現れ、2人は別れる。それからしばらくして、三四郎はインフルエンザにかかるが、見舞いに来た野々宮よし子から、美禰子の縁談を聞く。若い紳士は美禰子の婚約者だったのだ。ちなみに、佐々木与次郎が三四郎に、美禰子はやめとけと忠告する際、八百屋お七を引き合いに出すが、お七の墓も白山にある。白山はその名のとおり山になっているが、これは本郷台地を川が浸食したものだろう。白山上交差点あたりはけっこうな急坂だ。

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2021年6月13日 (日)

「三四郎」の舞台⑫

夏目漱石「三四郎」
「それで比較的人の通らない、閑静な曙町を一回ひとまわり散歩しようじゃないかと女をいざなってみた。」
 画工の原口のもとでモデルをしている里見美禰子に会うため、三四郎は曙町に出かける。駒込曙町はいまでいう本駒込1・2丁目だ。江戸幕府第2代将軍徳川秀忠の最側近として絶大な権勢を誇った土井利勝の屋敷があったというが、いまも高級住宅街だ。三四郎は駒込西片町(西片1丁目)の広田先生の家から曙町に向かうので、中山道を歩いたのだろうか。

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2021年6月11日 (金)

「三四郎」の舞台⑪

夏目漱石「三四郎」
「二人はちょうど森川町の神社の鳥居の前にいる。」
 三四郎と佐々木与次郎は、西片町(西片1丁目)から大学に向かうが、そのルートはいまの本郷通りに並行する小路のようだ。この通りには鳳明館という明治時代に建てられた古い建物がある。いまは旅館だが、もともとは学生相手の下宿だったというから、三四郎の下宿もこんな感じだったんだろう。さらに先に進むと、なんかちょっと不思議な三角形の交差点に出る。ここが、かつて存在した映世神社の鳥居の前だという。廃社となったのは終戦直後で、鳥居は根津神社にあるそうだ。

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2021年6月 9日 (水)

「三四郎」の舞台⑩

夏目漱石「三四郎」
「谷中と千駄木が谷で出会うと、いちばん低い所に小川が流れている。この小川を沿うて、町を左へ切れるとすぐ野に出る。川はまっすぐに北へ通っている。」
 迷子の件でみなの会話に気分を害したらしい里見美禰子は、一行から離れようとする。美禰子は後を追った三四郎にもう出ましょうといい、2人は団子坂を下りて谷中の方に向かう。2人は小川に差し掛かるが、これがいまは暗渠となった藍染川だ。藍染川は谷田川ともいい、巣鴨の染井霊園を源流として不忍池に流れ込んでいたという。谷中よみせ通りや通称へび道は、藍染川の流路だそうだ。

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2021年6月 6日 (日)

「三四郎」の舞台⑨

夏目漱石「三四郎」
「坂の上から見ると、坂は曲がっている。刀の切っ先のようである。幅はむろん狭い。」
 駒込大観音を過ぎ、団子坂に向かう途中、三四郎らの一行は7歳くらいの女の子の迷子に出会う。大勢の人が気になって見ているが、誰も助けようとしない。野々宮や広瀬先生、よし子がこの状況について会話を交わすが、そのうちに迷子は巡査の手に渡り、みなほっとする。そして一行は団子坂上に到着する。いまではただの坂だが、菊人形でにぎわう団子坂のジオラマが文京ふるさと歴史館にあり、往時の姿をしのぶことができる。

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2021年6月 5日 (土)

「三四郎」の舞台⑧

夏目漱石「三四郎」
「それからはべつだんの会話も出なかった。また長い会話ができかねるほど、人がぞろぞろ歩く所へ来た。大観音(おおがんのん)の前に乞食がいる。」
 団子坂はかつて、菊人形でにぎわったという。菊人形とは、菊で飾った人形で芝居や伝承の名場面を見せる見世物のことで、三四郎は里見美禰子に誘われ、広田先生と野々宮、よし子、美禰子と一緒に見物に出かけることになる。駒込西片町(西片1丁目)の広田先生の家を出て、団子坂に向かう途中、光源寺駒込大観音の前を通る。もともとは神田にあったが、江戸時代初期に移転してきたそうだ。7月にはほおずき千成り市が開催され、にぎわうのだが、このご時世ではムリだろうなぁ。

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2021年6月 2日 (水)

「三四郎」の舞台⑦

夏目漱石「三四郎」
「名刺には里見美禰子とあった。本郷真砂町だから谷を越すとすぐ向こうである。」
 広田先生の引っ越しの手伝いに来た三四郎は、みたび里見美禰子と出会う。美禰子はここで名刺を渡し、三四郎は初めて美禰子の名を知ることになる。本郷真砂町というのはいまの本郷1・2・4丁目に相当するが、西片から「谷を越すとすぐ向こう」というから、いまの文京ふるさと歴史館あたりだろうか。このあたりはもともとは同じ本郷台地だが、言問通りや菊坂は川に浸食されて谷になっている。美禰子は台地上に住んでいたのだろうか。ちなみに、樋口一葉もこの近くに住んでいた。漱石の父と一葉の父はともに役人で、上司部下の関係だったこともあるそうだ。その関係で漱石の兄と一葉の間で縁談が持ち上がったこともあるという。

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