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2019年3月

2019年3月31日 (日)

2019年4月の星空

 シャープな冬の星空に比べ、春の星空はなんとなくボンヤリしている。気温が上昇し、空気中の水蒸気が増えてきたからだ。月は5日新月、13日上弦、19日満月、27日下弦だ。水星は12日、西方最大離角を迎え、夜明け前の東の空にある。金星も夜明け前の東の空にあるが、太陽にだいぶ近づいてきた。17日にはその水星と金星とが接近するが、かなり高度が低いので、地平線近くまで見渡せる場所からでないと見られないかもしれない。木星と土星も明け方の空にあって、だんだん見頃になっていく。春の星空はちょっとさびしいが、銀河系の外がよく見える。りょうけん座の子持ち銀河、おおぐま座の回転花火銀河をはじめ、おおぐま座やしし座には特徴的な銀河がたくさんある。また、おとめ座やかみのけ座には巨大な銀河団があり、同じ構図にたくさんの銀河をとらえることができる。国立天文台HPより。


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2019年3月30日 (土)

本郷台地㉟

 JR山手線は、駒込駅から大塚駅までは本郷台地の切り通しを走っている。巣鴨駅から大塚駅方向を見ると、その様子がよくわかる。本郷台地はここから南、白山周辺で河川の浸食を受け、白山台地という舌状の台地が削り出されている。


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2019年3月29日 (金)

ビッグ・クエスチョン

 イギリスの物理学者スティーヴン・ホーキングが死去してから1年が経った。ホーキングは宇宙論、特にブラックホールの研究を専門としていたが、世界的に有名になるにつれ、科学を中心とする「ビッグ・クエスチョン」について意見を求められるようになった。ホーキングの死後刊行された「ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう」は、これらの問いに対するホーキングの答えをまとめた本だ。本書で取り上げられた10のビッグ・クエスチョンのうち6つはホーキングの研究に直接関係するものだが、あとの4つは広く人類の未来に関するもので、ホーキングはさまざまな難問があることを認めながらも、人類の未来について楽天的な見方を示している。もちろん、そのためには人類自身の不断の努力が必要なわけで、科学を否定するかのような政治家が超大国のトップに選ばれるというのでは先行き不安だ。科学者のみならず、政治家こそ本書を読み、人類が直面する難問といかにそれらをブレイクスルーしていくかについて、深く構想すべきだろう。


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2019年3月28日 (木)

本郷台地㉞

 JR山手線は、駒込駅から大塚駅までは本郷台地の切り通しを走っている。駒込駅から巣鴨駅方向を見ると、その様子がよくわかる。昔の鉄道は馬力がなかったから切り通した方がよかったんだろうが、いまはどうなんだろう。切り通しをつくる工事の方が高くつくような気がするが。


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2019年3月27日 (水)

本郷台地㉝

 JR山手線の大半は武蔵野台地を走っているが、一部区間は武蔵野台地の東端に沿って走っている。田端駅から内回りに乗って池袋に向かうと、すぐに上野台地の切り通しを横切る。昔の鉄道は馬力がなかったから、台地を登るのではなく、切り通して平坦にする方がよかったんだろう。上野台地からいったん低地に出た後は、駒込駅で本郷台地にぶつかり、大塚駅までは本郷台地の切り通しを走ることになる。切り通しが始まるのはホームの真ん中あたりで、東口では線路は高架上にあるのに、西口では本郷通りの下にある。


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2019年3月26日 (火)

江戸城本丸⑥

 江戸城本丸天守は3度築かれたが、1657年の明暦の大火で焼失した後は再建されなかった。徳川家康の孫で家光の異母弟 保科正之が、天守は城の守りには必要ない、江戸市街の復興を優先するためムダな支出をすべきでないと主張したがその理由だという。天守があった時代、本丸御殿前に出ると、奥には壮大な天守が見えたことだろう。豊臣秀頼の妻でもあった家康の孫 千姫(家光の姉)が住んだ竹橋からなら、もっとよく見えたに違いない。


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2019年3月25日 (月)

平成のカメラ展

 千代田区にある日本カメラ博物館ではいま、「平成のカメラ展」を開催中だ。平成時代はカメラ史にとって大きな変革期で、デジタルカメラが普及し始めるや、どんどん新製品が発表され、2002(平成14)年にはデジタルカメラの生産台数がフィルムカメラを追い越した。しかも、携帯電話にカメラが内蔵されるようになり、「一家に1台」どころか「1人1台以上」が普通になった。ぼく自身も、天体写真を撮影するデジタル一眼カメラやコンパクトデジタルカメラを何台も買った。ただ、デジカメは、一つの製品を長く使うという性格ではないので、いまいち愛着がわかないところがあるだろう。そんな人は常設展の方が楽しめるはず。ぼくも中学生の時に中古で買ったアサヒペンタックスや憧れのニコン、キャノン、そしてスパイ必携ミノックスなどを見て楽しんだ。


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2019年3月24日 (日)

江戸城本丸⑤

 大手門から江戸城本丸に登城しよう。中雀門を出ると、本丸御殿前だ。いまはだだっ広い広場だが、かつてはここにたくさんの建物がひしめいていた。手前から表、中奥、大奥と呼ばれたそうだが、その様子は江戸東京博物館の模型でわかる。大名が将軍と謁見するのは表と呼ばれるところで、大広間や白書院、黒書院などの建物があったという。


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2019年3月23日 (土)

Happy Birthday & Auld Lang Syne

 ビング・クロスビーが得意のクルーナー唱法で歌う「Happy Birthday & Auld Lang Syne」は、誰もが知ってる「Happy Birthday to You」と「Auld Lang Syne(蛍の光)」のメドレーだ。前者は20世紀はじめにアメリカで誕生した曲だが、後者は古くから伝わるスコットランド民謡だ。東京では桜が開花し、まもなく春爛漫の季節を迎える。北海道日高地方では、桜の開花はまだ先だが、サラブレッドの子たちが次々と誕生している。毎年桜が誕生日を祝ってくれるというのはいいね。


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2019年3月22日 (金)

江戸城本丸④

 大手門から江戸城本丸に登城しよう。中之門をくぐって大番所前を通過すると、中雀門に出る。いまは石垣だけだが、かつては二重櫓や多聞櫓に取り囲まれた厳重な守衛があったという。ここを出ると本丸御殿前だ。


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2019年3月21日 (木)

江戸城本丸③

 大手門から江戸城本丸に登城しよう。百人番所を通過すると、巨大な石垣でつくられた中之門の前に出る。これらの巨石は瀬戸内海沿岸や紀伊半島から運んだ花崗岩だそうだ。登城した大名はここで徳川将軍家の威光に圧倒されたに違いない。


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2019年3月20日 (水)

江戸城本丸②

 大手門から江戸城本丸に登城しよう。江戸城を警護する武士の番所はあちこちにあったようだが、いまも残るのは同心番所、百人番所、大番所の3番所だ。百人番所はその名のとおり、鉄砲百人組と呼ばれる100人の同心が配属された4組が昼夜交代で詰めていた番所だ。


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2019年3月19日 (火)

江戸城本丸①

 徳川家康は1603年、江戸に幕府を開いたが、ここにはすでに太田道灌が築いた江戸城があった。しかし、道灌の江戸城は小規模だったため、家康は江戸城を抜本的に築城し直す。その工事は数十年も続き、最終的にはわが国最大の城となった。将軍が居住したのは本丸で、家康や秀忠は将軍を辞した後、大御所として西ノ丸に居住した。明治維新後、江戸城は皇居となったが、皇居となったのは西ノ丸と吹上の部分で、本丸は皇居東御苑として一般公開されている。大名が江戸城に登城するのは、大手門か内桜田門(桔梗門)からと決められ、人数も制限されていたという。


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2019年3月18日 (月)

日本の歴史⑫ 江戸開幕

 集英社版「日本の歴史」シリーズ第12巻「江戸開幕」は、天下分け目の関ヶ原の戦いに勝利して天下人となった徳川家康が征夷大将軍となり、2代将軍秀忠、3代将軍家光の徳川3代へと引き継ぎながら、260年に及ぶ江戸幕府初期の体制を固めた時代が舞台だ。東海道新幹線に乗って名古屋を出るとまもなく、列車は関ヶ原を通過する。1600年9月15日、東軍7.5万人と西軍8万人の大軍勢がここで激突、東軍が大勝利を収めた。ぼくも昔、関ヶ原を歩き回ったことがあるが、その日は行き交う人もほとんどなく、かつてここで数万人もの武士が激戦を繰り広げたとは思えないような静けさだった。3年後、家康は征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開く。しかし、この時点ではまだ、豊臣家という存在が家康の前に立ちはだかっていた。大坂の陣でその豊臣家を滅ぼした家康は、まもなくこの世を去り、秀忠が名実ともに天下人になる。秀忠は創業者家康と3代目家光との間の地味な2代目というイメージもあるようだが、まだ盤石とは言えない幕府の体制を着実に固めていったあたり、決して凡庸な人物ではなかったんだろう。これに比べると家光はちょっと特異なキャラクターで、もし秀忠と家光とが逆の順だったら、けっこう混乱したかもしれない。それはともかく、東京に住んでいると、江戸時代に起きた歴史的事件の現場にすぐ行けるのが楽しい。

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2019年3月17日 (日)

イージー・ライダーのヘルメット

 アメリカン・ニューシネマの代表作「イージー・ライダー」は、ライダーなら1度は観たことがあるだろう。コカイン密輸でリッチマンになったワイアット=キャプテン・アメリカ(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)は、ロサンゼルスを離れ、フロリダで引退生活を送ることに決める。大金を隠したフルカスタムのハーレーダビッドソンを駆ってニューオーリンズのマルディグラに向けて出発した2人だが、自由を標榜しながらも本当に自由な人間を見るのを恐れるアメリカ社会は、各地で2人を拒絶するのだった。本作でワイアットがかぶるヘルメットは星条旗カラーにペイントされているが、これがまた実にかっこいい。レプリカがあれば自分でほしいのだが、残年ながらいまは販売していない。と思ったら、子ども用ヘルメットに似たようなデザインの商品があった。ナットケースというメーカーだ。さらに、レイザーというメーカーには、やはり子ども用だが完全なレプリカヘルメットがあった。大人用もぜひほしいところだ。

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2019年3月16日 (土)

D−bike mini

 MotoGP(ロードレース世界選手権)が開幕した。かつてはWGP(世界グランプリ)とも呼ばれたこのレースは、70年にも及ぶ長い歴史がある。日本人ライダーも参戦してきたが、彼らの中には、子どもの頃ポケットバイク(ポケバイ)レースを経験したライダーが多いそうだ。ぼくも昔、エンデューロレースに出たりしていたが、パドックにはポケバイに乗るキッズがけっこういて、ほほえましい風景だった。それはともかく、ポケバイよりさらに小さなベビー向けにD−bike miniという三輪車があるのだが、これにホンダカラーの特別バージョンが登場した。ホンダ伝統のトリコロールカラーは、かつて生産されていたFTRのイメージにそっくりだ。モトクロッサーCRイメージのコンペティションレッドカラーもある。

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2019年3月15日 (金)

本郷台地㉜

 文京区の千駄木ふれあいの杜のすぐ横に、本郷台地に登る急階段がある。この階段、お化けだんだんと呼ばれているそうだ。近くにある藪下通りは、昔は狭く笹藪が生い茂っていたそうだから、このあたりはお化けが出そうな雰囲気だったのだろうか。また、すぐ近くの日本医科大学の方には、解剖坂という名の坂もある。まあ特に心霊スポットというわけではないようだが。

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2019年3月14日 (木)

本郷台地㉛

 文京区の千駄木ふれあいの杜は、徳川家康以前に江戸城を築いた太田道灌の子孫が屋敷を構えたところだ。もともとは広大な敷地だったそうだが、大部分が宅地化し、往時の姿をとどめるのはここだけになってしまったという。ここはちょうど本郷台地の崖線で、草木がうっそうと茂っている。野鳥もたくさんいるようだ。でも、夏は蚊が多いだろうなぁ。

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2019年3月13日 (水)

富士見坂

 荒川区の西日暮里公園近くの富士見坂は、その名のとおり富士山が見える坂だが、それはもう昔の話で、新しくできたマンションによって富士山は見えなくなってしまった。このあたりは諏訪台と呼ばれる台地にあって、富士見坂は低地の不忍通りから諏訪台に登る坂になっている。昔ぼくが住んでいたアパートの部屋からも富士山がよく見えたが、あれは実に気分がよかった。

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2019年3月12日 (火)

諏訪台

 JR西日暮里駅から日暮里駅にかけて広がる高台は、諏訪台と呼ばれている。ここも道灌山と同じく、縄文時代から人が住んでいる台地だ。縄文海進の時代、いまより海水面が高かったため、道灌山と諏訪台は細長い半島だったんだろう。諏訪台のどこかにも貝塚があるんじゃないだろうか。いまは道灌山と諏訪台とは離れているが、これはいつ頃切り通されたんだろうか。

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2019年3月11日 (月)

道灌山遺跡

 JR西日暮里駅のすぐ近く、道灌山の開成学園グラウンドには、縄文時代から江戸時代までの複合遺跡が眠っている。道灌山は武蔵野台地の東端にあり、縄文海進の時代は細長い半島だっただろうから、当時から人が住み、集落が形成されていたんだろう。これまでの発掘調査では、縄文時代や弥生時代、平安時代の住居跡、江戸時代の溝などが発見されたという。学校のグラウンドなので、残年ながら復元などはされていない。

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2019年3月10日 (日)

道灌山

 JR京浜東北線に乗って上野駅から王子駅方面に向かうと、左右でけっこうな標高差があるのがわかる。実はこのあたりは武蔵野台地の東端に沿って線路が敷かれているのだ。ただ、ここから西はすべて台地というわけでもなく、ところどころ河川の浸食によって削られ、舌状台地ができている。例えば、不忍通り周辺は、かつてここを流れる谷田川(藍染川)によって浸食された低地で、その結果本郷台地と上野台地とがそれぞれ独立した台地となった。特に日暮里駅と西日暮里駅との間は諏訪台、西日暮里駅のすぐ上の高台は道灌山と呼ばれ、江戸名所図会にも描かれている。

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2019年3月 9日 (土)

TOSHIBA dynabook R734

 ぼくはMacユーザーなので、普段Windows PCを使うことはないが、天体写真撮影にはSONY VAIO VGN−TZ50Bを使っている。しかし、これは2007年発売という古いモデルなので、動作は遅いし、バッテリーもかなり劣化している。というわけでそろそろ買い換えようと思い、高〜い新品ではなく中古品を探し、5年くらい前のTOSHIBA dynabook R734を4万円で購入した。VAIOはWindows7で動かしていたが、dynabookはWindows10だ。これからせっせとセットアップして、次回の撮影にはdynabookを投入しよっと。なお、ぼくが天体写真撮影用にインストールするソフトは、望遠鏡コントロールにステラナビゲータ、タカハシオートガイダー α−SGR3専用ソフト、QHYCCD電子極軸望遠鏡PoleMaster専用ソフトだ。画像処理は使い慣れたMacでやっている。

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2019年3月 8日 (金)

新星座巡礼・春の星空③ かに座

 かに座は小さく暗い星ばかりだが、M44プレセペ星団という肉眼でも見える散開星団があるので、天文ファンにはよく知られた星座だ。もう一つ、M67という散開星団もあり、こちらは小ぶりだがきれいな星団だ。M67の星は太陽と似たような恒星が多いそうで、ちょっとしたら、そのどこかに人類に似た知的生命体が登場するかもしれない。
2019年1月2日撮影 キャノンEOS60Da+キャノンEF24㎜、露出60秒、ケンコープロソフトンA使用

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2019年3月 7日 (木)

新星座巡礼・春の星空② うみへび座

 うみへび座は全天で最も大きい星座だ。東はかに座から西はおとめ座まで、うねうねと伸びている。しかし、明るい星がほとんどなく、北海道では高く昇ることがないので、目立たない星座だ。星座じたいが大きいので、星雲星団銀河はけっこうあり、M83というなかなか見事な渦巻銀河もある。
2013年4月29日撮影 キャノンEOS60Da+シグマ対角線魚眼レンズ15㎜、露出181秒

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2019年3月 6日 (水)

新星座巡礼・春の星空① しし座

 春の星座を代表するのがしし座だ。夏や冬に比べて地味な春の星空の中ではよく目立つ形をしている。獅子の頭と胸に当たる部分は、その形から獅子の大鎌と呼ばれる。獅子の心臓に当たるレグルスは、全天で21ある1等星の中では最も暗い1等星だ。恒星は普通球形だが、レグルスは高速で自転しているため、赤道方向が遠心力で膨らみ、楕円形になっているという。しし座には明るい銀河が多く、小型望遠鏡による写真撮影でもけっこうよく写る。特にM65とM66、NGC3628の3つの銀河は同じ構図に入るので、ぼくもよく撮影している。
2019年1月4日撮影 キャノンEOS60Da+キャノンEF24㎜、露出60秒、ケンコープロソフトンA使用

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2019年3月 5日 (火)

葛飾柴又③

 国民的人気映画「男はつらいよ」の寅さんの口上「帝釈天で産湯を使い」の帝釈天は、正式には経栄山題経寺という名だそうだ。柴又駅から参道を歩くと、5分もあれば行ける距離にある。帝釈天のすぐ裏は江戸川で、演歌でも有名な矢切の渡しがある。ここはまた、伊藤左千夫の小説「野菊の墓」の舞台でもある。読んだことないけど。

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2019年3月 4日 (月)

葛飾柴又②

 国民的人気映画「男はつらいよ」の舞台葛飾柴又の柴又帝釈天前参道には、名物草だんごの店などたくさんの商店が軒を並べている。いかにも古きよき下町の商店街という感じで、いい雰囲気だ。実際に映画の撮影に使った店もあるそうだ。近くには寅さん記念館があるが、この日はリニューアルのため休館中だった。

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2019年3月 3日 (日)

葛飾柴又①

 国民的人気映画「男はつらいよ」の舞台葛飾柴又は、東京都と千葉県との県境となる江戸川にほど近いところにある。寅さんもよく使った京成金町線の柴又駅を降りると、そこには寅さん(渥美清)とさくら(倍賞千恵子)の銅像があり、柴又帝釈天への参道が通じている。柴又から江戸川をちょっと下ったところの対岸は、かつて下総国府が置かれた場所であり、柴又も昔から人が住んでいたのだろう。すぐ近くの柴又八幡神社には6世紀後半の古墳がある。「男はつらいよ」シリーズは、ぼくは実は一度も観たことがなかったが、最近BS放送で毎週放送しているので、ちょくちょく観ている。毎回寅さんが全国各地を旅するが、懐かしい風景が出てくるのがいい。ここ柴又も懐かしい雰囲気にあふれるまちだ。

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2019年3月 2日 (土)

栗山古墳

 江戸川の矢切の渡しにほど近い松戸市栗山にある栗山古墳は、かつて下総国府が置かれた現在の市川市国府台(こうのだい)と同じ台地上にある。ということは、国府台古墳群と関係のある一連の古墳なのかもしれない。国土地理院のデジタル標高地形図を見ると、縄文海進の時代、このあたりは舌状の半島だったと推測されるので、当時から人が住み、古墳時代も一等地だったのだろう。栗山古墳じたいは、いまは浄水場の隣にある雑木林に埋もれるような感じで、あまり趣はないが、埴輪などが発掘されていて、出土品は松戸市立博物館に展示されている。

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2019年3月 1日 (金)

堀之内貝塚②

 市川市の堀之内貝塚には、考古博物館と歴史博物館とが隣接している。考古博物館はだいたい平安時代まで、歴史博物館はだいたい鎌倉時代以降というすみ分けがされている。市川市に人が住み始めたのは、2.5万年前の旧石器時代ということで、矢じりなどが出土している。その後縄文時代になって平均気温が上昇、低地に海が入り込み、いまの台地上に貝塚が形成された。考古博物館では、水田稲作が導入された弥生時代、有力者たちが古墳を築いた古墳時代、律令国会が成立し下総国府が置かれた奈良・平安時代までの遺跡を紹介している。

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