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2017年10月 2日 (月)

日本の歴史④ 天平の時代

 集英社版「日本の歴史」シリーズ第4巻「天平の時代」は、律令国会としての体制が整い、天平文化が花開いた奈良時代が舞台だ。天武・持統天皇の孫である文武天皇の代に大宝律令が施行され、律令国会としての体制が完成する。710年には遷都が行われ、「あをによし 奈良の京は 咲く花の にほうがごとく 今さかりなり」と詠まれた平城京が建設される。奈良市内では平城宮大極殿や朱雀門が復元されていて、ぼくも以前行ったことがあるが、もう一度じっくり見学してみたいものだ。天武・天智天皇の両方の血を引く長屋王の邸宅跡から「長屋親王」と書かれた木簡が発掘された際には大きく報道されたが、ぼくもこのニュースはかなり印象に残っている。長屋王を自殺に追いやったとされる藤原4兄弟はその後相次いで病死し、長屋王の祟りだと言われたようだが、これなどはのちの菅原道真の一件を思わせる。そして聖武天皇が登場、国家によって仏教が手厚い保護を受けるが、この背景には決して安定していたとはいえない国内事情があったようだ。平城京や大寺院の建設に駆り出された庶民の間には、大きな不満もたまっていただろう。そして、皇族ではない道鏡が皇位をうかがうという前代未聞の事件も起きる。ぼくが高校生のとき、北海道の高校生の修学旅行といえば奈良・京都が定番で、奈良市内もいくつか見て回ったが、平城京の時代は結局長くは続かず、都はさらに北をめざすことになる。

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