目黒区東山には、旧石器時代から古墳時代までの遺跡があり、大規模な集落だったと考えられている。近くを流れる目黒川は、縄文時代は海だったと考えられているので、このあたりはちょうど海岸線だったのだろう。また、縄文海進が終わって海岸線が離れていった後も目黒川が残ったので、生活には適していたのだろう。東山貝塚公園には竪穴住居が復元されているが、公園の奥に崖があり、この崖から貝塚が、崖の上の台地から土器・石器や住居跡が発掘されたそうだ。竪穴住居の中では親子3人が仲良く暮らしているが、当時はもっと大家族だっただろう。

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