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2015年6月

2015年6月30日 (火)

量子宇宙への3つの道

 19世紀の終わり頃、それまで物体の運動を完璧に記述する理論と見られていたニュートン力学が、空間と時間の説明としては根本的に間違っていることを人々は理解し始めた。そして、アルベルト・アインシュタインの相対性理論と、ニールス・ボーア、ヴェルナー・ハイゼンベルク、エルヴィン・シュレディンガーその他大勢の手になる量子論が登場、空間と時間に対し新たな見方がなされるようになった。しかし、一般相対性理論と量子論は、新たな難問も呼び起こすことになった。この2つの理論は、どうしても一つの理論に統合することができないのだ。アメリカの物理学者リー・スモーリンが書いた「量子宇宙への3つの道」は、この2つを統合した理論である量子重力論を解説した本だ。量子重力論は今なおまったく未完成の理論だが、超弦理論やループ量子重力理論など、いくつかの候補が提唱されている。

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2015年6月29日 (月)

宇宙を支配する6つの数

 自然法則というのは方程式と物理定数によって記述される。物理定数はなぜかそう決まっている数だが、ちょっとでも違う数だったなら、世の中の姿はまるっきり違うものになっていたはずという不思議な数だ。イギリスの宇宙物理学者マーティン・リースが書いた「宇宙を支配する6つの数」は、特に重要だと考えられている6つの数を取り上げ、解説した本だ。宇宙が今ある姿のように進化し、われわれのような知的生命体が現れたのは、これら6つの数が非常に精密に「調整」されているからだが、だからといって創造主がいると考えるのも早計だ。物理定数や物理法則が異なる宇宙が無数に存在し、たまたまわれわれのような知的生命体が存在できる宇宙があったから、われわれが存在しているのだろうというのが、多宇宙(マルチバース)と呼ばれる仮設だ。

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2015年6月28日 (日)

宇宙が始まるとき

 20世紀の初めまで、誰もが宇宙は永久不変であると信じて疑わなかった。アルベルト・アインシュタインは、自ら発見した相対性理論の方程式が、宇宙は静的でないという解を持つことを知り、わざわざ宇宙を静的にするための定数を加えてしまった。しかし、エドウィン・ハッブルが遠い銀河を観測して宇宙の膨張を発見したことにより、宇宙論に革命が起こった。宇宙が膨張しているとすれば、はるかな過去、宇宙の始まりがあったことになる。イギリスの宇宙物理学者ジョン・バロウが書いた「宇宙が始まるとき」は、当時の知見に基づき、宇宙はどのように始まったのかという根源的な疑問に答えようとした本だ。バロウはシャーロキアンなのだろうか、各章の冒頭に、その章の道案内になるようなホームズの言葉を引用している。

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2015年6月27日 (土)

宇宙 最後の3分間

 イギリスの宇宙物理学者ポール・デイヴィスが書いた「宇宙 最後の3分間(The Last Three Minutes)」のタイトルは、もちろんスティーヴン・ワインバーグの名著「宇宙創成はじめの三分間(The First Three Minutes)」に敬意を表したものだろう。われわれの宇宙は138億年前に誕生したとされるが、終わりはくるのか? それはどのように起こるのか? という疑問に対し、当時の知見に基づいて書かれた本だ。宇宙は膨張しているが、これが永遠に続くのかある時点から収縮に転じるかで宇宙の未来は大きく異なる。最新の研究によると、宇宙の膨張は加速しているということで、このままいけばすべての天体がわれわれの視界から消え去るどころか、すべての物質が素粒子にまでバラバラになってしまうのかもしれない。もちろん、そうなったとしてもそれははるかな未来だから、ご安心を。

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2015年6月26日 (金)

冥王星

 NASAの探査機ニュー・ホライズンズが7月14日、冥王星に到達する。冥王星は1930年に発見されたが、あまりにも遠くにあることから、ローマ神話の冥府の王の名前をとってPlutoと名付けられた。1978年には衛星が発見され、カロンと名付けられたが、依然として冥王星は謎に包まれた惑星だった。その後、2006年夏に惑星の定義が見直され、冥王星は準惑星に分類されることになった。その直前、2006年1月のニュー・ホライズンズ打ち上げから9年半の旅を経て、いよいよ人類がまだ目にしたことのない冥王星の素顔に迫ることになる。ニュー・ホライズンズから送られてくる画像は日増しに解像度が上がっていて、冥王星の表面に複雑な明暗模様があることが明らかになってきた。

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2015年6月25日 (木)

夏の星雲星団⑩ はくちょう座周辺の星雲

 はくちょう座は天の川のど真ん中にあり、星雲星団がたくさんある。代表的なものは散光星雲である北アメリカ星雲やペリカン星雲、それからところどころ背景の星の光をさえぎる暗黒星雲、さらに超新星残骸である網状星雲もある。超新星残骸というのは、過去に発生した超新星爆発で飛び散ったガスが高速で広がっているもので、網状星雲の元の星は数万年前に超新星爆発したと考えられている。超新星爆発の瞬間、はくちょう座にはデネブをはるかに上回る明るい星が現れたことだろう。すでにホモ・サピエンスに進化を遂げたわれわれの祖先も、いつもとは違う夜空の様子に気づき、何が起きたのか考えをめぐらしたかもしれない。
2014年8月30日撮影 キャノンEOS60Da+キャノンEF35㎜、露出180秒

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2015年6月24日 (水)

夏の星雲星団⑨ 北アメリカ星雲とペリカン星雲

 はくちょう座のデネブの近くにある北アメリカ星雲は、写真写りでは干潟星雲M8に勝るとも劣らない見事な散光星雲だ。すぐそばにはペリカンそっくりのその名もペリカン星雲があり、天体写真ファンには人気の高いエリアだ。ただ、肉眼では写真のようにはっきりとはわからず、見えてるような見えてないような・・・という感じだ。北アメリカ星雲は北海道では天頂付近まで昇るため、夏の夜はほぼ一晩中撮影できていいのだが、自動導入のないポータブル赤道儀では空気椅子状態で構図合わせをしなければならず、いつも大変な思いをして撮影している。ああ、自動導入赤道儀がほしいなぁ。
2014年8月29日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ45EDⅡ+レデューサー0.85×DG、露出301秒

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2015年6月23日 (火)

夏の星雲星団⑧ こぎつね座のあれい状星雲M27

 夏の大三角の真ん中にこぎつね座というマイナーな星座があるが、ここには地球から見える惑星状星雲としては最も明るいあれい状星雲M27がある。こと座の環状星雲M57よりかなり大きいので、望遠鏡で拡大するとなかなかよく写る。しかも、とてもカラフルだ。惑星状星雲はカラフルなものが多いが、これは元の恒星にいろいろな元素が含まれていて、元素によって色が違うからだ。あれい状星雲の場合、酸素や水素、硫黄などの元素が含まれているそうだ。広角〜標準レンズで撮影していたときはぼくもノーマークだったが、ミニボーグでこんなによく写ることがわかったので、次回は重点的に撮影しようと思う。
2014年4月29日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ60ED+レデューサー0.85×DG、露出301秒

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2015年6月22日 (月)

夏の星雲星団⑦ こと座の環状星雲M57

 肉眼や双眼鏡、望遠鏡で星空をながめていると、ところどころにボーッとした雲のような天体があることがわかる。これらはまとめて星雲と呼ばれているが、星雲にもいくつかの種類があり、それぞれ性質は違う。このうち惑星状星雲は、その名のとおり望遠鏡で見ると惑星のように見えるということでそう名付けられた。代表的なものはこと座の環状星雲M57で、これは太陽程度の質量の恒星が赤色巨星となり、ガスを放出して広がったものだ。元の星は白色矮星となっているが、真ん中にある星がそうだ。とは言え、視直径がとても小さいので、大きな望遠鏡で拡大しないと見栄えのある写真にはならない。われわれの太陽系もあと50億年もすれば、このような姿になるのかもしれない。
2014年4月28日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ60ED+レデューサー0.85×DG、露出301秒

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2015年6月21日 (日)

夏の星雲星団⑥ へび座のわし星雲M16

 ハッブル宇宙望遠鏡(HST)が撮影した有名な画像の一つに、「創造の柱」というのがある。これはわし星雲M16の中にある星形成領域で、ここには暗黒星雲の背後に隠された生まれたばかりの星がある。わし星雲は散光星雲と散開星団が重なる天体で、わし星雲から生まれた星々が星団を構成していると考えられている。わし星雲と近くにあるオメガ星雲とはよく似た感じの星雲で、もともとは大きな一つの星雲だったのかもしれない。天の川のあちこちには暗黒星雲があるが、その中で星が生まれると、暗黒星雲が輝き始め、散光星雲になる。いつかその瞬間の姿を人類が目にすることがあるかもしれない。
2012年9月14日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ45EDⅡ+レデューサー0.85×DG、露出180秒

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2015年6月20日 (土)

夏の星雲星団⑤ いて座のオメガ星雲M17

 干潟星雲M8と三裂星雲M20のちょっと北には、オメガ星雲M17とわし星雲M16という2つの赤い散光星雲がある。どちらも肉眼ではわからないが、望遠レンズや望遠鏡を使うときれいに写る。M17は、ギリシャ文字のオメガ「Ω」に見えるということでそのように呼ばれているが、水面に浮かぶ白鳥の姿にも見える。このタイプの散光星雲は、星の材料となる星間ガスでできているので、活発に星を形成する領域が含まれていることが多い。M17は、最初は暗黒星雲だったものが、最初の星が輝いたときに散光星雲として輝き始め、新たな星が形成されるたびに輝きを増してきたのかもしれない。
2014年4月29日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ60ED+レデューサー0.85×DG、露出301秒

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2015年6月19日 (金)

夏の星雲星団④ いて座の干潟星雲M8と三裂星雲M20

 夏の夜空で最も華やかな領域が、いて座の干潟星雲M8と三裂星雲M20周辺だ。M8は光害のないところでは肉眼でもぼーっと見えるし、双眼鏡や望遠鏡があればなかなかすばらしいながめだ。当然写真写りもよく、望遠レンズや望遠鏡で大きく拡大すると細かいところまできれいに写ってくれる。ただ、北海道では低空にしか見えないため、木に邪魔されたりして、撮影のチャンスは少ない。まあ構図合わせのときに首が痛くならないのがせめてもの慰めだ。M8やM20は散光星雲といって、近くの恒星からの紫外線によって星間ガスが発光しているもので、星間ガスのほとんどを占める水素が赤い光を発するため、星雲自体も赤く輝いている。
2014年8月28日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ60ED+レデューサー0.85×DG、露出180秒

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2015年6月18日 (木)

夏の星雲星団③ さそり座の球状星団M4

 夏の夜、地平線近くに見えるさそり座は、わかりやすい形をしているので見つけやすい。赤い1等星のアンタレスは、しばしば火星が近くを通るので、火星に対抗するものという意味で名付けられた。そのアンタレスのすぐそばには、けっこう大きな球状星団M4があって、周辺の散光星雲ともども写ってくれる。もっと大きな機材で露出時間をじっくりかけるととてもカラフルに写る領域だが、緯度の高い北海道では低空にしか見えないため、ちょっと難しいかも。
2014年4月29日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ60ED+レデューサー0.85×DG、露出301秒

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2015年6月17日 (水)

夏の星雲星団② ヘルクレス座の球状星団M13

 星がたくさん集まった星団には、散開星団と球状星団の2種類がある。散開星団は星が不規則に集まっているが、球状星団はその名のとおり星が球状に集まった星団だ。散開星団と球状星団は同じ星団でもまったく別もので、散開星団は比較的若い星がまばらに集まっているのに対し、球状星団は古い星が桁違いの密度で密集している。北半球から見える最大の球状星団はヘルクレス座のM13で、直径100光年の中に50万個もの星がひしめきあっていると考えられている。球状星団は遠いところにあり、見かけの大きさは小さいので、望遠レンズや望遠鏡で大きく拡大するといい。
2014年4月28日撮影 キャノンEOS60Da+ミニボーグ60ED+レデューサー0.85×DG、露出301秒

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2015年6月16日 (火)

夏の星雲星団① いて座周辺の星雲星団

 夏の夜空は何と言っても天の川がすばらしい。われわれの銀河系の中心方向はいて座にあるので、いて座周辺の天の川は最も明るく輝いている。星雲星団もたくさんあり、広角レンズから望遠レンズまでどんなレンズでもいい写真が撮れる。代表的なのはいて座の干潟(ひがた)星雲M8で、冬の星雲星団の代表格であるオリオン座大星雲M42と並び、東西両横綱という感じだ。M8のほかにも、三裂星雲M20やオメガ星雲M17、わし星雲M16はいずれも赤い光を発する散光星雲で、天体撮影専用モデルのキャノンEOS60Daなら鮮やかに写し撮ることができる。ところどころ黒くなっているのは暗黒星雲によって背後の星の光がさえぎられているからで、これがなければ天の川はもっと明るく輝いているはずだ。
2014年8月30日撮影 キャノンEOS60Da+キャノンEF35㎜、露出180秒

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2015年6月15日 (月)

天文ガイド50周年

 天文ファンにはおなじみ月刊天文ガイドが今年、50周年を迎えた。ぼくも中学から高校にかけては毎月買っていたが、当時はインターネットなどないので、天文ガイドがほぼ唯一の情報源だった。その後もビッグイベントがあるときはときどき買っていたが、50年も続くというのはなかなかすごいことだ。今月からはついに電子版も発売されるという。この間、デジタルカメラをはじめとして撮影機材は大きく進化したが、一方で光害がひどくなり、撮影に適した場所もどんどんなくなっていった。ぼくの場合は地元にまあまあの場所があるので、非常にラッキーだと思っている。いずれは私設天文台をつくろうと密かに考えていたが、そろそろ本当に実現したいものだ。

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2015年6月14日 (日)

安達太良サービスエリア

 東北自動車道安達太良(あだたら)サービスエリアには、ウルトラセブンの自動販売機が置いてある。正確には、上り線のSAがウルトラセブン、下り線のSAがウルトラマンティガだ。ドリンクを買うと、ウルトラセブンがおなじみの声を発し、ビームも発光する。子どもが喜びそうな仕掛けだが、実際に集まって喜んでいたのはおっさんばかりだった(人のこと言えないが)。

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2015年6月13日 (土)

安達太良山

 安達太良山 (あだたらやま)は磐梯山、吾妻山(あづまやま)と比較的一カ所にまとまった、気象庁が常時観測する火山だ。1888年には磐梯山が大噴火したが、安達太良山も1900年に噴火し、72名の死者が出ている。今回のツーリングでは吾妻山には行かなかったが、現在、吾妻山は小規模な噴火の可能性があると見られていて、火山性地震も増えているそうだ。

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2015年6月12日 (金)

クリストファー・リー

 イギリスの俳優クリストファー・リーが死去したとの報。映画「007黄金銃を持つ男」ではボンドの敵スカラマンガを演じ、決闘で敗れて若くして死んだが、リーは93歳と長命だった。映画「スター・ウォーズ」ではシスの暗黒卿ドゥークー伯爵を演じ、老いてもなお強烈な存在感を示した。何よりもバリトンの声が実に美声だった。

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飯坂温泉

 福島市の飯坂温泉は、日本武尊(ヤマトタケル)や西行、松尾芭蕉も入湯したとされる歴史ある温泉だ。摺上(すりかみ)川沿いに古い旅館が建ち並んでいて、なかなか風情がある。しかし、不幸なことに、芭蕉はここでひどい目にあったそうだ。宿泊した民家ではノミや蚊に悩まされて眠れず、挙げ句の果てには病気まで再発したらしい。ぼくは泊まりのツーリングに出かけるときは必ずアースノーマットを持参するのだが、江戸時代にこれがあれば芭蕉もひどい目にあわなかっただろうに。

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2015年6月11日 (木)

磐梯山

 磐梯山は見る方向によって印象が違う。特に裏磐梯の荒々しい姿は、1888年の噴火で山体が崩壊したことによってできた。五色沼や桧原湖などの湖沼もこのときにせきとめられてできたというから、激しい噴火だったのだろう。猪苗代湖も磐梯山の山体崩壊によってせきとめられたと考えられているが、こちらは4万年前の噴火によると推定されている。表磐梯の方から見た磐梯山は、手前に水田が広がり、穏やかな姿だったが、いつかまたその姿を変える日が来るのだろうか。

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2015年6月10日 (水)

飯豊山

 会津若松市から喜多方市に向かう途中、飯豊山(いいでさん)がよく見えた。手前には田植えをしたばかりの水田が広がり、日本の原風景という感じだ。この飯豊山、山形県と新潟県の県境にあるのだが、山頂付近は福島県の飛び地になっているそうだ。

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2015年6月 9日 (火)

会津喜多方ラーメン館

 喜多方ラーメンで有名な喜多方市には、人口5万人に対し120軒ものラーメン屋があるそうだ。有名店ともなるといつ行っても行列ができていて、食べるまでの間しばらく待たなければならない。ぼくは普段、あまり並んだりしないが、喜多方に来たときはあきらめて並んでいる。今回は、喜多方市役所隣の会津喜多方ラーメン館のすぐそばの店で食べた。ラーメン館は、家でつくるラーメンのほか、ラーメングッズも売っている土産店だ。喜多方のもう一つの名物、酒も各種そろっている。

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2015年6月 8日 (月)

道の駅 会津西街道たじま

 日光市と会津若松市を結ぶ国道121号線沿い、栃木県から福島県に入ってすぐの南会津町にある道の駅 会津西街道たじまは、周囲を山に囲まれたところにある。山の中の道の駅なので、売店には山菜が豊富にそろっている。南会津地方には大内宿や尾瀬などの人気スポットがあり、ぼくも何度も走っている。去年の春のツーリングも会津若松市の芦ノ牧温泉だったし、南会津町の隣町 檜枝岐村(ひのえまたむら)も数年前に泊まった。冬も風情がありそうだが、さすがにバイクじゃムリだろうな。

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2015年6月 7日 (日)

落合ツーリング

 毎年春秋恒例のツーリングに出かけた。メンバーはバイク屋の常連客同士で、もう20年来のつきあいだ。落合さんというとても面倒見がよくまめな人がいて、ときどきみんなを集めてツーリングに行ってたが、これが毎年春秋の恒例行事「落合ツーリング」となった。残念ながら、落合さんは数年前に病気で亡くなってしまったが。行き先はだいたい福島、群馬、新潟、長野あたりで、1泊2日で温泉宿に泊まるというのがいつものパターンだ。今回のツーリングは那須塩原〜南会津〜喜多方〜福島飯坂温泉というコースで、往復700㎞程度だった。幸い天候に恵まれ、雨にも降られなかったが、最高気温30℃というのはまいった。クシタニのフルメッシュレザージャケットが早くも出番となったが、これでも暑かった。

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2015年6月 6日 (土)

地球全史スーパー年表

 日本地質学会監修の「地球全史スーパー年表」は、46億年の地球の歴史を1枚のペーパーにまとめた年表だ。解説書がついているので、これを読んで基礎知識を身につけてから、いつ、何が起きたかを見ていくと楽しいだろう。46億年と簡単にいうが、人間の感覚では気の遠くなるような時間であり、その間地球には数多くの地球史的大事件があった。生物の大量絶滅もあった。そして、年表のずっと終わりの方、約20万年前にようやく現生人類(ホモ・サピエンス)が登場し、5000年くらい前に最初の文明に火がともる。地球は今も生きていて、プレートの運動により大陸や海洋は変動しているが、世界各地に残る過去の地球史的大事件の痕跡を見に行くときも、これがあるといいだろう。

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2015年6月 5日 (金)

十勝千年の森④

 十勝千年の森で初めてセグウェイに乗った。セグウェイは2001年、革命的な発明として大々的に発表されたが、日本国内では法的な問題がネックとなって一般には普及していない。乗り方はちょっとしたコツが必要だが、すぐに慣れる。本来の最高時速は20㎞だが、ここのは10㎞しか出ないようになっていて、すぐに物足りなくなってしまった。

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2015年6月 4日 (木)

十勝千年の森③

 北海道、特に十勝では白樺(シラカンバ)並木をよく見かける。白樺は真っ直ぐ伸びていくので、青い空と白い雲との組み合わせがなかなか絵になる。なお、「十勝 白樺」で検索すると、十勝では有名なジンギスカン屋がヒットする。何度か通りがかったことがあるが、まだ1回も食べたことがない。帯広は豚丼もあるので、昼ごはんを何にするかはなかなか迷うのだ。

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2015年6月 3日 (水)

十勝千年の森②

 十勝千年の森には森があり、草原があり、小川も流れている。静かな森の中、小川のせせらぎ、鳥のさえずりを聞きながら散策するのは楽しい。小川のそばを歩いていたら、突然リスが姿を現したが、すばやく走り去ってしまったため、写真を撮ることはできなかった。残念。

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2015年6月 2日 (火)

十勝千年の森①

 大雪〜富良野〜十勝を結ぶ街道には、北海道を代表するガーデンが集中している。このうち十勝には、十勝千年の森や真鍋庭園、十勝ヒルズ、紫竹ガーデン、六花の森という5つのガーデンがあるが、十勝千年の森は、日高から日勝峠を越え、十勝の清水町に降りたすぐ近くにある。とにかくここは広い。日高山脈も間近に見える。この写真の向こうに見えるのは千年の丘という名前の丘だが、あの丘まで行くのも大変だ。でもだいじょうぶ。ここではセグウェイツアーがあるので、あの丘までセグウェイで行くことができる。

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2015年6月 1日 (月)

日勝峠

 国道274号線の日勝峠は、日高地方と十勝地方の境界にある、標高1000mちょっとの峠だ。日高から十勝に行くには、日勝峠、天馬街道、黄金道路の3ルートがあるが、ダイナミックな景観を楽しみたいなら日勝峠がおすすめだ。特に、日高側から日勝峠を越え、十勝平野が目の前に広がるあたりの景色は最高だ。日勝峠は標高が高いので、GW中はまだかなりの残雪がある。この日は天気がよかったので、雪解けも進んだようだ。ここの雪解け水は沙流(さる)川に合流し、最後は太平洋へと注ぎ込む。

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