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モトクロスの世界最高峰はモトクロス世界選手権だが、アメリカのAMAナショナルとAMAスーパークロスは、世界選手権を凌ぐレベルだ。特にスタジアムで行われるスーパークロスは日本でも大人気で、神宮球場で開催されたときはぼくも見に行った。当時はリック・ジョンソン+ホンダCRが非常に強かった。CRM250Rは、そのCRのレプリカで、ぼくが乗った1991年モデルはフロントが倒立式サスペンションだった。2ストロークエンジンながら中低速トルクが厚かったので非常に乗りやすく、エキサイティングなバイクだった。当時はときどきエンデューロレースに出たりして、とても楽しかった。これはどこで走ったものか忘れたが、ゼッケン3がぼくだ。スタート直後なので、バイクもウェアもまだきれいだ。
2輪のロードレース世界選手権は、かつてはWGP(ワールドグランプリ)といって、最高峰の500㏄クラスや250㏄クラスがあった。ホンダは1979年、WGPへの復帰を果たすが、2ストロークエンジン全盛時代に4ストロークエンジン搭載のNR500で挑戦するという荒ワザに出た。しかし、さすがにこれは結果が出せず、1982年には2スト3気筒エンジン搭載のNS500で勝ちにいった。その後1984年には2スト4気筒エンジン搭載のNSR500が登場、フレディ・スペンサーやワイン・ガードナー、エディ・ローソン、マイケル・ドゥーハンがNSRでチャンピオンとなる。というように当時はWGPが非常に熱かったので、市販車もレーサーレプリカ全盛、レーシングマシンと同じ名前のNSR250Rなどは大変な人気モデルだった。ぼくが乗っていたのは1989年モデルだったが、普通、バイクのモデルチェンジは数年おきのところ、NSRは毎年モデルチェンジしていた。今はもう環境問題から2ストエンジンはほぼ絶滅したが、2スト晩年には各種電子デバイスによって非常に乗りやすくなっていた。この写真は函館近くの恵山にツーリングする途中、八雲町あたりで撮影したもの。偶然ヤマハのショップ前だった。
静内川は、日高山脈のカムイエクウチカウシ山など数カ所に源流を発し、太平洋に注ぎ込む延長約70㎞の河川だ。上流には5つのダムがあるが、中でも高見ダムは、高さ120mもある北海道電力最大のロックフィルダムだ。高見ダムのさらに奥にはペテガリ山荘があり、かつてはクルマでも行けたが、10年くらい前に崖崩れがあり、今も通行止めのままだ。静内川は支流も多く、釣り人にとっては楽しい川だろう。静内川上流にはポロシリオフィオライト帯というのがある。オフィオライトとは、海洋地殻から上部マントルにかけての玄武岩、斑糲(はんれい)岩、かんらん岩などの層状複合岩体で、ポロシリオフィオライトは、北米プレートがユーラシアプレートに乗り上げ、地上に露出したものだそうだ。そこから流れ出した静内川が河岸(かがん)段丘を形成し、サラブレッドの故郷を生み出した。
北海道日高地方に生まれ、約19年間、日高山脈を見ながら育った。と言いたいところだが、日高山脈は日高側からは意外とよく見えない。手前にたくさん山があるので、主稜線は隠れてしまうことが多いのだ。反対に十勝側は、十勝平野から急に盛り上がっているので、とてもよく見える。日高山脈はほぼ南北140㎞にわたり、最高峰の幌尻岳(ぽろしりだけ)やカムイエクウチカウシ山、ペテガリ岳など名前のついた山だけでも40以上ある。かつては氷河に覆われた時代があり、氷河によって鋭く削られたカールを見ることができる。日高山脈を横断するルートは日高町〜清水町の国道274号と浦河町〜広尾町の国道236号天馬街道があるが、特に日勝峠からのながめはすばらしい。