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2019年3月22日 (金)

江戸城本丸④

 大手門から江戸城本丸に登城しよう。中之門をくぐって大番所前を通過すると、中雀門に出る。いまは石垣だけだが、かつては二重櫓や多聞櫓に取り囲まれた厳重な守衛があったという。ここを出ると本丸御殿前だ。


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2019年3月21日 (木)

江戸城本丸③

 大手門から江戸城本丸に登城しよう。百人番所を通過すると、巨大な石垣でつくられた中之門の前に出る。これらの巨石は瀬戸内海沿岸や紀伊半島から運んだ花崗岩だそうだ。登城した大名はここで徳川将軍家の威光に圧倒されたに違いない。


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2019年3月20日 (水)

江戸城本丸②

 大手門から江戸城本丸に登城しよう。江戸城を警護する武士の番所はあちこちにあったようだが、いまも残るのは同心番所、百人番所、大番所の3番所だ。百人番所はその名のとおり、鉄砲百人組と呼ばれる100人の同心が配属された4組が昼夜交代で詰めていた番所だ。


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2019年3月19日 (火)

江戸城本丸①

 徳川家康は1603年、江戸に幕府を開いたが、ここにはすでに太田道灌が築いた江戸城があった。しかし、道灌の江戸城は小規模だったため、家康は江戸城を抜本的に築城し直す。その工事は数十年も続き、最終的にはわが国最大の城となった。将軍が居住したのは本丸で、家康や秀忠は将軍を辞した後、大御所として西ノ丸に居住した。明治維新後、江戸城は皇居となったが、皇居となったのは西ノ丸と吹上の部分で、本丸は皇居東御苑として一般公開されている。大名が江戸城に登城するのは、大手門か内桜田門(桔梗門)からと決められ、人数も制限されていたという。


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2019年3月18日 (月)

日本の歴史⑫ 江戸開幕

 集英社版「日本の歴史」シリーズ第12巻「江戸開幕」は、天下分け目の関ヶ原の戦いに勝利して天下人となった徳川家康が征夷大将軍となり、2代将軍秀忠、3代将軍家光の徳川3代へと引き継ぎながら、260年に及ぶ江戸幕府初期の体制を固めた時代が舞台だ。東海道新幹線に乗って名古屋を出るとまもなく、列車は関ヶ原を通過する。1600年9月15日、東軍7.5万人と西軍8万人の大軍勢がここで激突、東軍が大勝利を収めた。ぼくも昔、関ヶ原を歩き回ったことがあるが、その日は行き交う人もほとんどなく、かつてここで数万人もの武士が激戦を繰り広げたとは思えないような静けさだった。3年後、家康は征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開く。しかし、この時点ではまだ、豊臣家という存在が家康の前に立ちはだかっていた。大坂の陣でその豊臣家を滅ぼした家康は、まもなくこの世を去り、秀忠が名実ともに天下人になる。秀忠は創業者家康と3代目家光との間の地味な2代目というイメージもあるようだが、まだ盤石とは言えない幕府の体制を着実に固めていったあたり、決して凡庸な人物ではなかったんだろう。これに比べると家光はちょっと特異なキャラクターで、もし秀忠と家光とが逆の順だったら、けっこう混乱したかもしれない。それはともかく、東京に住んでいると、江戸時代に起きた歴史的事件の現場にすぐ行けるのが楽しい。

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2019年3月17日 (日)

イージー・ライダーのヘルメット

 アメリカン・ニューシネマの代表作「イージー・ライダー」は、ライダーなら1度は観たことがあるだろう。コカイン密輸でリッチマンになったワイアット=キャプテン・アメリカ(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)は、ロサンゼルスを離れ、フロリダで引退生活を送ることに決める。大金を隠したフルカスタムのハーレーダビッドソンを駆ってニューオーリンズのマルディグラに向けて出発した2人だが、自由を標榜しながらも本当に自由な人間を見るのを恐れるアメリカ社会は、各地で2人を拒絶するのだった。本作でワイアットがかぶるヘルメットは星条旗カラーにペイントされているが、これがまた実にかっこいい。レプリカがあれば自分でほしいのだが、残年ながらいまは販売していない。と思ったら、子ども用ヘルメットに似たようなデザインの商品があった。ナットケースというメーカーだ。さらに、レイザーというメーカーには、やはり子ども用だが完全なレプリカヘルメットがあった。大人用もぜひほしいところだ。

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2019年3月16日 (土)

D−bike mini

 MotoGP(ロードレース世界選手権)が開幕した。かつてはWGP(世界グランプリ)とも呼ばれたこのレースは、70年にも及ぶ長い歴史がある。日本人ライダーも参戦してきたが、彼らの中には、子どもの頃ポケットバイク(ポケバイ)レースを経験したライダーが多いそうだ。ぼくも昔、エンデューロレースに出たりしていたが、パドックにはポケバイに乗るキッズがけっこういて、ほほえましい風景だった。それはともかく、ポケバイよりさらに小さなベビー向けにD−bike miniという三輪車があるのだが、これにホンダカラーの特別バージョンが登場した。ホンダ伝統のトリコロールカラーは、かつて生産されていたFTRのイメージにそっくりだ。モトクロッサーCRイメージのコンペティションレッドカラーもある。

Bike

2019年3月15日 (金)

本郷台地㉜

 文京区の千駄木ふれあいの杜のすぐ横に、本郷台地に登る急階段がある。この階段、お化けだんだんと呼ばれているそうだ。近くにある藪下通りは、昔は狭く笹藪が生い茂っていたそうだから、このあたりはお化けが出そうな雰囲気だったのだろうか。また、すぐ近くの日本医科大学の方には、解剖坂という名の坂もある。まあ特に心霊スポットというわけではないようだが。

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2019年3月14日 (木)

本郷台地㉛

 文京区の千駄木ふれあいの杜は、徳川家康以前に江戸城を築いた太田道灌の子孫が屋敷を構えたところだ。もともとは広大な敷地だったそうだが、大部分が宅地化し、往時の姿をとどめるのはここだけになってしまったという。ここはちょうど本郷台地の崖線で、草木がうっそうと茂っている。野鳥もたくさんいるようだ。でも、夏は蚊が多いだろうなぁ。

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2019年3月13日 (水)

富士見坂

 荒川区の西日暮里公園近くの富士見坂は、その名のとおり富士山が見える坂だが、それはもう昔の話で、新しくできたマンションによって富士山は見えなくなってしまった。このあたりは諏訪台と呼ばれる台地にあって、富士見坂は低地の不忍通りから諏訪台に登る坂になっている。昔ぼくが住んでいたアパートの部屋からも富士山がよく見えたが、あれは実に気分がよかった。

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