2017年6月24日 (土)

熱力学・統計力学

 熱力学は、マクロな視点から熱に関する現象を説明する理論だが、これを原子や分子といったミクロな視点から説明しようというのが統計力学だ。目に見えるようなサイズの物質には膨大な数の原子や分子が含まれているため、数学の確立・統計の手法が必要となる。ぼくが大学生のときは、まず熱力学をやって、その後に原島鮮「熱力学・統計力学」を教科書に指定されたが、実際に統計力学までは進まなかったと思う(単に授業に出てなかっただけかも)。統計力学を理解するには量子力学を理解しなければならず、このあたりになるとホントに難しい。

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2017年6月23日 (金)

流体力学(前編)

 流体力学は、流体(気体や液体)の性質や流体中での物体の運動を研究する分野だ。ぼくが大学生のときは、教養課程ではなく、工学部に進んでから授業があった。教科書はこの分野の第一人者である今井功「流体力学(前編)」だったが、この本は前編しかない。後編を刊行する前に著者が死去してしまったのだ。とはいえ、前編だけでも400ページ以上あり、簡単に読める本ではない。流体力学は航空工学や船舶海洋工学には必須だ。流体力学にまつわるミニ知識を一つ。映画やテレビの特撮で、ミニチュア模型を使って例えば海のシーンを撮影する際、そのままではリアリティは保てない。しかし、「レイノルズ数」という数値を同じにすると、リアリティのあるシーンを撮影することができるのだ。

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2017年6月22日 (木)

野生の証明

 ひかりTVで映画「野生の証明」をやっていたので久しぶりに観た。当時、角川映画第2弾として大々的に宣伝していたので、ぼくも映画館まで観に行った。高倉健主演だが、これが薬師丸ひろ子映画デビュー作であることは言うまでもない。町田義人が歌う主題歌「戦士の休息」のレコードも買ったっけ。健さん演じる味沢岳史は、自衛隊特殊工作隊の優秀な隊員だったが、特殊工作隊というのは、反体制的な日本人を監視する特殊部隊だった。当時は、まだあさま山荘事件の記憶も生々しかった時代だ。しかし、味沢は東北地方の山中で訓練中、寒村で発生した村人惨殺事件に関与したため、特殊工作隊を除隊する。その後、ただ一人生き残った長井頼子(薬師丸ひろ子)を引き取り、福島県羽代市という地方都市で保険外交員として普通の生活を送るが、羽代市は大場一成(三國連太郎)が牛耳る暗黒街だった。というわけで、味沢と頼子、新聞記者の越智美佐子(中野良子)以外はほとんど悪者なのだが、あらためて見直すと、日本を代表する豪華俳優陣がゾロゾロ出ていたんだなぁ。戦車やヘリコプターが登場する戦闘シーンはアメリカで撮影されたそうで、これは相当な制作費がかかっただろう。

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2017年6月21日 (水)

夏至

 今日は夏至(げし)の日だ。夏至というのは、太陽の位置が春分点から90度の位置にくる瞬間のことで、北半球では1年で最も昼の時間が長くなる。地上から見れば、夏至の日の太陽はふたご座の足下にあるが、もちろん地上からは太陽の明るさのせいで星は見えない。しかし、宇宙船に乗って大気圏を離脱すれば、このような景色が見えるんじゃないだろうか。
2013年12月27日撮影 キャノンEOS60Da+シグマ対角線魚眼レンズ15㎜、露出180秒

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2017年6月20日 (火)

ウルヴァリン:SAMURAI

 映画「XーMEN」シリーズの「ウルヴァリン:SAMURAI」は、ウルヴァリンことローガンを主人公とするスピンオフ作品第2弾だ。カナダの山奥でひっそりと暮らすローガン(ヒュー・ジャックマン)だが、自らの手で殺した最愛の女性ジーン・グレイ(ファムケ・ヤンセン)の悪夢にうなされる日々が続いていた。そんなある日、ローガンの前に日本から来た謎の女性ユキオが現れる。ユキオは、かつてローガンが長崎で助けた青年将校 矢志田市朗の使者として、ローガンを日本に連れて行く任務を帯びていた。東京に着いたローガンは矢志田と面会するが、矢志田は病で死の床にいた。そして矢志田の死によって、日本を代表する大企業 矢志田産業の後継者争いが発生、ローガンも巻き込まれてしまう。というわけで、矢志田の長男 信玄(真田広之)とその娘 真理子、ヤクザや忍者が入り乱れた大乱戦が勃発する。日本人が見るとう〜んというシーンも多いが、映画なのでそこはあまり突っ込まないように。

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2017年6月19日 (月)

平将門公之像

 平将門が本拠地を置いた現在の坂東市の総合文化ホール「ベルフォーレ」には、彫刻家一色邦彦作 平将門公之像がそびえている。将門最期の地と言われる國王神社には、将門の三女 如蔵尼が彫ったとされる将門座像があるが、38歳で死去したと言われる割りにはちょっと老けて見える。これに対し、ベルフォーレの将門像は、平成時代につくられただけあって若々しい。ま、ぜんぜん歴史的価値は違うが。

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2017年6月18日 (日)

富士見の馬場

 平将門の乱を描いた「将門記」には、将門が騎馬隊を組織し、合戦に臨む場面が登場する。坂東各地には官営の牧があり、将門も一時官牧の牧司を務めていたという話もあることから、将門が本拠地を置いた現在の坂東市にも、馬を調教したり売買したりする場所があったのだろう。石井(いわい)営所跡や國王神社にもほど近い富士見の馬場は、その一つと伝えられる場所だ。

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2017年6月17日 (土)

九重の桜

 平将門が本拠地を置いた現在の坂東市にある石井(いわい)営所跡の近くに、九重の桜という桜の木がある。昔の中国の王城の門は、九重につくるならわしがあったそうで、そこから「九重」という言葉は「王宮」や「皇居」を指すようになった。将門は野本合戦の後に源護の告訴によって京都に召喚されるが、朱雀天皇元服の恩赦によって帰国が許される。この桜の木は、朱雀天皇元服の儀が執り行われた京都御所の紫宸殿(ししんでん)前にあった桜を株分けし、ここに移植したものだという。

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2017年6月16日 (金)

深井地蔵尊

 坂東市猿島(さしま)庁舎の近くにある深井地蔵尊は、平将門の妻子が惨殺された悲劇の場所だと伝えられている。将門は伯父 良兼と何度も対戦しているが、そのうち子飼の渡の戦いでは、脚気を患って敗れてしまった。そのため、妻子を船に乗せて当時このあたりにあった飯沼という大きな沼の芦の間に隠したが、良兼軍に発見され、殺されてしまったという。江戸時代に入るまで、飯沼のせいでこの地の人々は苦労したようだが、その後干拓され、現在は美しい水田地帯となっている。

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2017年6月15日 (木)

坂東市本 将門記

 平将門が本拠地を置いた現在の坂東市の坂東郷土館ミューズでは昨年秋、最新の研究成果を踏まえて作成した「坂東市本 将門記」の企画展を開催したそうだ。残念ながら気づかなかったが、企画展で展示された資料は冊子にまとめられ、いまも販売している。坂東郷土館ミューズは、旧岩井市と合併して坂東市となった旧猿島(さしま)町にあり、天体観測ドームも備えている。将門ファンで天文ファンのぼくにとっては実にうらやましい施設だ。

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